方言ラボ
無料診断

※本ページはプロモーションが含まれています

方言の東西境界線はどこにあるのか|糸魚川‐浜名湖線とその周辺

新潟県糸魚川市から浜名湖へ。地図に引かれた1本の線をはさんで、日本語の文法がごっそり入れ替わります。ただし現地に行くと、それは線ではなく帯でした。

言語学入門公開 更新 読了 約8

方言の話をしていると、かなりの確率で「東と西で違う」という話になります。 うどんのつゆ、エスカレーターの立ち位置、そして言葉。 このうち言葉の東西差だけは、研究者が全国を歩いて地図に落とし込んだ実測のデータがあります。

その地図を眺めると、東西を分ける線がバラバラに散らばるのではなく、 新潟県の糸魚川から静岡県の浜名湖へ抜けるあたりに束になって集まります。 これが糸魚川‐浜名湖線と呼ばれるものです。

そもそも「境界線」はどうやって引くのか

方言学では、ある言い方が使われる範囲と使われない範囲の境目に線を引きます。これを等語線(とうごせん)といいます。 「いる」と「おる」の境目、「〜ない」と「〜ん」の境目、というふうに、項目ごとに1本ずつ引いていく。

当然ながら、この線は項目ごとにバラバラの位置になります。ところが日本の場合、 文法にかかわる等語線の多くが、中部地方のある一帯で重なります。 線が1本だけあるのではなく、たくさんの線がそこに集まっている—— だから「境界線」と呼ばれるわけです。

この線の呼び名について
糸魚川‐浜名湖線は、東条操(とうじょう・みさお)が1927年にまとめた方言区画をはじめ、 東西を分ける目安として長く使われてきました。 ただし研究者によって重視する項目が違うため、線の引き方には幅があり、 「どの1本が正解か」が決まっているわけではありません。

東と西で入れ替わる、代表的な言い方

国立国語研究所の『日本言語地図』『方言文法全国地図』で扱われた項目のうち、 東西で対立するものを並べてみます。左が東日本側、右が西日本側の代表的な形です。

① 存在の動詞:いる/おる

「誰かいる?」の「いる」が、西では「おる」になります。 「おらん」「おるで」の形で耳にしたことがあるはずです。 この対立はかなりきれいに東西で分かれ、東西差を説明するときの定番の例になっています。

② 打ち消し:〜ない/〜ん

「行かない」と「行かん」。西日本の「ん」は古い打ち消しの助動詞「ぬ」の流れをくむ形で、 関西の「〜へん」もこの系統から発達したと説明されます。東の「ない」のほうが新しいという点は、方言のイメージを裏切るところです。

③ 断定:〜だ/〜じゃ・〜や

「そうだ」に対して「そうじゃ」「そうや」。 西日本のなかでも「じゃ」は中国・四国・九州に、「や」は近畿に多いという内部差があります。 つまり西日本もひとかたまりではありません

④ 形容詞の連用形:高く/高う

「高くなる」が「高うなる(たこうなる)」に変わるウ音便は、西日本に広く見られます。 「おはようございます」が全国共通なのは、 京都で使われていたこのウ音便の形が、あいさつとして全国に広まったからだと説明されます。東日本の人も、朝だけは西日本の文法を使っていることになります。

⑤ 進行形:〜てる/〜とる

「やってる」と「やっとる」。 西日本の一部では、これに加えて「〜よる(進行中)」と「〜とる(完了・結果)」を 使い分ける地域があります。「雨が降りよる(今降っている最中)」と 「雨が降っとる(降った結果、地面が濡れている)」の区別です。 標準語より情報量が多い文法を持っている、と言えます。

アクセントの境界とは、位置がずれる

ここが面白いところです。文法の東西境界は糸魚川‐浜名湖線あたりに集まりますが、アクセントの境界はそれと一致しません。 京阪式アクセントの範囲は近畿とその周辺に限られ、中国地方や九州の多くは東京式です。

文法では「西」なのに、アクセントでは「東京と同じ」。 そんな地域がふつうに存在します。方言を「東西」の2つに割り切れないのは、項目ごとに違う地図ができるからです。アクセントの分布については アクセントの日本地図の記事 でくわしく扱っています。

→ アクセントの日本地図の記事

境界の県では、実際どうなっているのか

線の上に住んでいる人はどうしているのか、という疑問が出てきます。 新潟・長野・静岡・岐阜あたりが該当しますが、実際に起きているのは「県のなかで割れる」ということです。

新潟県糸魚川市は、市内で東西の特徴が入れ替わると言われる土地として有名です。 静岡県も、西部(遠州)は名古屋方面と共通する特徴を持ち、 東部(伊豆・駿河)は関東寄りになります。 岐阜県も飛騨と美濃で様子が違います。

線ではなく「帯」
地図に引くと1本の線に見えますが、現地では 東の特徴と西の特徴がまじり合う幅のある地帯が広がっています。 村ごと・世代ごとに濃度が違うため、「この橋を渡ったら関西弁」というような きれいな切り替わりは起きません。

なぜ、そこに集まったのか

理由については、いくつかの説が挙げられます。 よく言われるのは地形です。この一帯には北アルプスの山脈が走り、 人の行き来が制限されてきました。言葉は人が運ぶものなので、 人が通りにくい場所には境目ができやすい、という理屈です。

もうひとつは歴史的な区分です。古代の東国・西国という意識、 近世の藩の配置など、行政の区切りが人の交流の範囲をつくってきました。 ただし、どの要因がどれくらい効いたのかを数字で示すのは難しく、「これが原因だ」と断定できる段階ではありません。 方言が分かれる仕組みそのものについては 方言はなぜ生まれるのかの記事 にまとめています。

→ 方言はなぜ生まれるのかの記事

まとめ

糸魚川‐浜名湖線は、誰かが決めた行政の線ではなく、 全国を歩いて集めたことばのデータが結果として描いた線です。 「いる/おる」「ない/ん」「だ/や」——たった数項目でも、 自分がどちら側の日本語を話しているかは、だいたい見当がつきます。

そして境界の県に住む人ほど、「自分は標準語だと思っていた言い方が、実は西の形だった」 という発見をしやすいはずです。線の上に立っているというのは、両方の日本語を持っているということでもあります。

あなたの日本語は、東と西のどちら寄り?

言葉づかい8問・性格6問の全14問。「いる/おる」のような選択から、あなたの言語感覚に近い土地のキャラを判定します。

参考・出典

方言は同じ県内でも地域・世代によって差があります。掲載内容と異なる言い方をご存じの場合はお知らせください。

→ お問い合わせ