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敬語のない方言がある?|方言でみる敬語の地域差

「敬語がない地域がある」と聞くと、失礼な土地を想像してしまいます。でも実際に起きているのは、敬意の置きどころが違うということでした。

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方言の話題では語彙や語尾ばかりが注目されますが、 地域差がいちばん大きく出るのは、実は敬語かもしれません。 しかも「言い方が違う」だけでなく、敬語という仕組みそのものを持たない方言があることが調査で報告されています。

これは「失礼な地域がある」という話ではありません。 敬意の表し方が、共通語とは別の場所に置かれているという話です。順に見ていきます。

まず、敬語の形が地域でどれだけ違うか

共通語の尊敬語「書かれる」にあたる形を、各地の方言から拾ってみます。 国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、 『現代日本語方言大辞典』『方言学入門』などを典拠として、次のような形が整理されています。

〜はる滋賀・京都・大阪・奈良ほか

〜なさる(尊敬)

先生、もう帰らはったで

近畿でもっとも使われる尊敬の形です。特徴的なのは敬意の軽さで、 目上への改まった敬語というより、その場にいない第三者への配慮や、 話題の人物との距離を示すために日常的に使われます。 京都では自分の家族や、場合によっては動物にまで「〜はる」を付ける用法が知られています。
〜まさる/〜ちゃった石川(金沢・七尾)

〜なさる(尊敬)

かくましたがかいね(書かれたのですか)

北陸には独自の尊敬形が複数あります。七尾の「〜ちゃった」は、 東日本の人が聞くと過去形の「〜ちゃった」と同じ音なので、敬語だと気づけないのがやっかいなところです。 富山の五箇山では「やっさる」の形も報告されています。
〜なんす/〜あんしょ茨城ほか北関東

〜なさい・〜ください(敬意)

おあがんあんしょ(お召し上がりください)

北関東は「言葉が荒い」と言われがちですが、 こうした敬意の形はきちんと存在します。 荒く聞こえるのはアクセントや語尾の響きの問題で、敬語の有無とは別の話です。
敬語の形は「動詞に付く」とはかぎらない
共通語は「れる・られる」「お〜になる」のように動詞を活用させて敬意を示します。 しかし方言では、終助詞(文末につく小さな語)で敬意を示す方式も広く見られます。 どこに敬意を担わせるかが、そもそも違うのです。

「尊敬語や丁寧語を持たない方言」がある

ここからが本題です。国立国語研究所の解説によれば、 『方言文法全国地図』第6集の調査 (「この土地の目上の人に、非常に丁寧に『ひと月に何通手紙を書きますか』と言うとき」) の回答を分析すると、尊敬語を欠く地域尊敬語も丁寧語も欠く地域が確認できるとされています。

分布はおおよそ次のようになります。

尊敬語のみを欠く地域

東日本に広く分布し、西日本では近畿南部から四国を経て九州東部にかけて連続して見られます。 「地図の上でまとまっている」という点が重要で、 個人の言葉づかいの問題ではなくその地域の体系としてそうなっていることを示します。

尊敬語も丁寧語も欠く地域

東北に点在し、中部にまとまって分布し、紀伊半島南部や九州東部にも見られると報告されています。 では敬意をどう表すのかというと、終助詞が共通語の「ます」に相当する丁寧さを担います。 三重県の「カノシ」、大分県の「(カ)アンタ」などが例として挙げられています。

「敬語がない=敬意がない」ではない
敬語がない方言の話者が、目上の人に無遠慮に話すわけではありません。 語形ではなく、終助詞・声の調子・言い回しの選び方・話題の避け方など、別の手段で距離を調整していると考えるほうが実態に近いはずです。 言語学では、こうした敬語形式の有無を「優劣」ではなく「型の違い」として扱います。

なぜ、こういう差が生まれるのか

敬語は、身分差のある社会で発達しやすいと説明されることがあります。 宮廷や城下町のように上下関係が細かく分かれた社会では、 言い分けの必要が生まれ、敬語の体系が複雑になる。 逆に、共同体の規模が小さく、話し相手がほぼ顔見知りである地域では、 言い分けの必要そのものが小さかった、という見方です。

ただし、これはあくまで説のひとつです。 敬語の分布と社会構造の関係を単純に結びつけるのは危険で、 近畿の「〜はる」のように、敬意の重さを下げることで 日常語として定着した例もあります。 京都から言葉が広がっていった仕組みについては 方言はなぜ生まれるのかの記事 も参考になります。

→ 方言はなぜ生まれるのかの記事

実生活での注意点:3つ

①「〜はる」を敬語だと思って多用しない。近畿の「〜はる」は距離のとり方が絶妙で、慣れない人が使うと 親しげすぎたり、逆に他人行儀になったりします。

② 敬語がないように聞こえても、失礼だと決めつけない。終助詞やイントネーションで敬意を示している可能性があります。 「ですます」がないから軽んじられている、という受け取り方は誤解になりがちです。

③ 世代差が大きい。方言の敬語形は、若い世代ほど共通語の「です・ます」に置き換わっています。 調査データはあくまで調査時点の高年層の言葉を写したものだ、 という前提を忘れないほうが安全です。

まとめ

敬語は「あるか、ないか」の二択ではなく、どこに敬意を担わせるかの設計が地域ごとに違う、というのが実際のところです。 動詞に担わせるのが共通語、終助詞に担わせるのが一部の方言。 設計図が違うだけで、目的地は同じです。

方言を「くだけた言葉」と考えていると、この構造は見えません。 敬語の地図は、方言がそれぞれ独立した体系だということを、いちばんはっきり示してくれます。

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参考・出典

方言は同じ県内でも地域・世代によって差があります。掲載内容と異なる言い方をご存じの場合はお知らせください。

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