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方言の地図は、どうやって作られたのか|2,400地点をまわった全国調査

ネットで見かける「方言分布図」の多くは、もとをたどると半世紀以上前の全国調査に行き着きます。その調査が、どう行われたのかという話です。

言語学入門公開 更新 読了 約7

SNSでときどき「◯◯の言い方 全国分布図」のような画像が回ってきます。 色分けされた日本地図を見て「うちの県、これ違うんだけど」と思った経験、 たぶん誰にでもあるはずです。

あの手の地図の多くは、もとをたどると国立国語研究所の全国調査に行き着きます。 そして、その調査がいつ・誰に・どうやって行われたのかを知ると、 「違うんだけど」と感じる理由まで分かるようになります。

『日本言語地図』——全国約2,400地点を歩いた調査

方言分布図の代表格が『日本言語地図』(Linguistic Atlas of Japan)です。1957年から1965年にかけて、全国約2,400地点で行われた臨地調査をもとに、 1966年から1974年にかけて全6集が刊行されました。

扱われたのは主に語彙です。 「かまきり」「じゃがいも」「たんぽぽ」といった身近な語について、 どの地域でどんな語形が使われているかを1項目1枚の地図に落としていきます。 たとえば「かまきり」だけで全国に驚くほど多くの呼び名があり、 その分布が一目で分かる——というのが言語地図の威力です。

「臨地調査」の意味
アンケートを郵送したのではありません。 調査員が各地に出向き、対象者と対面して質問し、発音を聞き取って記録した調査です。 2,400地点を人力でまわるという規模を思うと、 いま私たちが気軽に眺めている分布図の重みが少し変わります。

『方言文法全国地図』——文法の地図

語彙の次は文法です。 『方言文法全国地図』(Grammar Atlas of Japanese Dialects)は、全国807地点で、文法に関する267項目を調査したものです。 1989年から2006年にかけて、全6集が刊行されました。

「行かない/行かん」のような打ち消しの形、 敬語の使い方、「〜ている/〜とる」の使い分けなど、 語彙より見えにくい部分の地域差が、ここで初めて全国規模で可視化されました。 東西の境界線の話も、敬語の分布の話も、この地図が土台になっています。 くわしくは 東西境界線の記事 と 敬語の地域差の記事 で扱っています。

→ 東西境界線の記事

→ 敬語の地域差の記事

誰に聞いたのか——ここが最重要

分布図を読むときにいちばん大事なのが、調査対象者の条件です。 この種の全国調査では、その土地で生まれ育ち、長く離れたことのない高年層の男性を 中心に対象者を選ぶのが原則でした。

なぜ高年層だったのか

目的が「古い方言の姿を記録すること」だったからです。 若い世代は共通語の影響を強く受けているため、 伝統的な方言を調べたいなら、いちばん古い層に聞くのが合理的でした。

その結果、何が起きるか

『日本言語地図』の調査対象者は、明治から大正生まれの世代が中心です。 つまりあの地図が写しているのは、おおよそ100年前後前に身についた言葉ということになります。

だから「うちの県、これ違うんだけど」は、当然なのです。 地図が間違っているのではなく、地図が写した時点と、いまの自分がずれている。 分布図は現在のスナップショットではなく、過去の記録です。

男性中心だった点について
当時の調査設計には、対象者を男性に偏らせるなど、 いまの基準では検討の余地がある条件も含まれていました。 限られた予算と人員のなかで比較可能な条件を揃える必要があった、 という事情はありますが、データの偏りとして意識しておくべき点です。

同じ町を、半世紀以上追いかけた調査もある

分布を横に広く見るのが言語地図なら、 同じ場所を縦に長く見る調査もあります。 代表例が山形県鶴岡市の共通語化調査です。

国立国語研究所と統計数理研究所は、 1950年から鶴岡市で言語調査を行い、その後もおよそ20年おきに同じ調査を繰り返してきました。 岡崎(愛知)や富良野(北海道)でも同様の追跡調査が行われています。

こうした調査があると、 「方言が減った」という印象論を数字で確かめられるようになります。 同じ質問を同じ町で何十年もぶつけ続けるという、 地味さの極みのような作業が、方言研究の背骨になっています。

いまの調査は、どう変わったか

近年は、ウェブアンケートやSNSの書き込みを使った言語調査も行われるようになりました。 短時間で大量のデータを集められるうえ、若い世代の言葉をとらえやすいという利点があります。

一方で弱点もあります。回答者がネットを使う層に偏ること、 「その土地で生まれ育ったか」を確認しにくいこと、 書き言葉と話し言葉がまざってしまうこと。スピードと引き換えに、条件の厳密さは下がります。 歩いて集めた古いデータと、大量に集まる新しいデータは、 どちらが優れているというより、得意な問いが違うと考えるのが妥当です。

分布図を見るときの、3つのチェックポイント

① いつの調査か。半世紀前のデータを「いまの分布」として紹介している記事は珍しくありません。 出典と調査年を確認すると、印象がかなり変わります。

② 誰に聞いたか。高年層に聞いた地図なのか、若年層に聞いた地図なのか。 同じ項目でも、世代を変えると別の地図ができます。

③ 県単位で塗られていないか。方言の境目は県境と一致しません。 県ごとにベタ塗りされた地図は分かりやすい代わりに、県内の差を消してしまっています

まとめ

方言の地図は、誰かの思いつきで色を塗ったものではなく、 全国を歩いて集めた回答の集積です。 そこには調査年・対象者・質問文という条件が必ず付いていて、 条件を知って読むと、地図はぐっと正確に使えるようになります。

国立国語研究所は『日本言語地図』の地図画像や 『方言文法全国地図』のPDFを公開しています。 自分の地元の項目を1つ探してみると、 祖父母の世代がどんな言い方をしていたかが、そのまま見つかるはずです。

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参考・出典

方言は同じ県内でも地域・世代によって差があります。掲載内容と異なる言い方をご存じの場合はお知らせください。

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