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「わし」「おら」「うち」はどこの言葉か|一人称・二人称の地域差

「オレ」は男の言葉——そう思われがちですが、女性も使う地域があります。しかもその男女差は、共通語が後から持ち込んだ可能性があります。

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英語なら、自分を指す言葉は I ひとつで足ります。 日本語はそうはいきません。わたし、わたくし、僕、俺、うち、わし、おら。 しかも、どれを選ぶかには地域の差がはっきり出ます

そして相手を呼ぶほうの言葉——二人称になると、事情はもっと複雑になります。 関西で「自分、どこ住んでるん?」と聞かれて固まった経験がある人は、 たぶん少なくないはずです。

一人称の地図——ざっくりした見取り図

まず全体像から。細かい例外はいくらでもありますが、 大づかみには次のような傾向が知られています。

おら/おれ東日本

自分。東北から関東・甲信越にかけて広く使われる

おら、まだ行ったことねぇんだ

「おら」は「おれ」の変化した形とされます。東日本を中心に分布し、 年配層では男女とも使う地域があります。
わし中国・四国・近畿ほか

自分。西日本に多く、年配男性のイメージが強い

わしはもう先に帰るけぇ

「わたし」が縮まった形と説明されます。 フィクションでは老人の記号として使われますが、 実際には広島・岡山などで幅広い年齢の男性が使ってきました。
うち近畿・中国・四国ほか

自分。現在は女性の自称として広く使われる

うち、そこ行ったことあるで

もともとは「家(うち)」に由来する語とされ、 近畿では女性の自称として定着しています。 近年は関西以外の若い世代にも広がっています。
東京と大阪で、何が違ったのか
国立国語研究所は1974年10月から1975年3月にかけて、 東京都区内と大阪市内で「大都市における言語生活の実態調査」を行いました (報告書『大都市の言語生活』1981年)。 両都市とも「わたくし・僕・俺」などが共通して使われる一方、大阪では「わし」「うち」の使用が目立つという違いが報告されています。 同じ大都市でも、自分の呼び方の持ち駒が違うわけです。

「オレ」を女性が使う地域がある

一人称の地域差でいちばん面白いのが、この話です。 国立国語研究所の「ことば研究館」は、 方言辞典類の記述をもとに、「オレ」を男女とも使うという注記が岩手・秋田・茨城・群馬・神奈川・静岡・奈良に見られると紹介しています。 「主として男性が使用」という注記が付くのは青森・栃木・東京(奥多摩)で、 東北や、首都圏を除く関東に多い傾向だとされます。

共通語が「男女差」を持ち込んだ

同じ記事で紹介されている山形県東田川郡の1989年の調査が、 この話を一段深くしてくれます。中学生を対象にした調査で、 同性の友人に対する「オレ」の使用率は男子95.7%に対して女子20.2%。 異性の同級生に対しては男子96.3%、女子14.6%でした。

年配層では「オレ」に男女差がほとんどなかったと推測されるのに、 若い世代で差が開いている。 つまり「オレは男の言葉」という区別は、共通語の影響で後から入ってきた可能性が高いということです。

共通語にない語は、影響を受けにくい
同じ調査で、その土地固有の自称詞「オイ」には男女差がほとんど見られませんでした。 共通語に対応する語がないため、「男が使う/女が使う」という共通語側の用法が入り込む余地がなかったと説明されています。 方言が共通語に押されるとき、押され方は語によって違うのです。

二人称——関西の「自分」問題

関西で使われる二人称の「自分」は、 他地域の人がいちばん驚くポイントかもしれません。 「自分、それ好きなん?」の「自分」は、目の前の相手を指しています。

これは学生の記述研究などでも取り上げられているテーマで、 大阪府北河内地方を対象にした調査報告もあります。 使える相手はおおむね同年代か目下で、目上には使いにくいという感覚が共有されている点が特徴です。

一人称が二人称に流れる、という現象

「自分」が相手を指すのは奇妙に見えますが、 日本語ではよくあるパターンです。 「われ」も「おのれ」も、古くは自分を指す語でした。 それがのちに相手を指す語として使われるようになり、 現在では関西などでけんか腰の呼びかけとして残っています。

こうした入れ替わりは、丁寧に使われていた語がだんだん敬意を失い、別の語に置き換わっていくという説明で語られることが多い現象です (いわゆる敬意逓減の考え方)。 「貴様」「お前」がいまや乱暴な語になっているのも、同じ流れとして説明されます。 ただしすべての人称語がこの筋道どおりに動くわけではなく、 個々の語の履歴は一つずつ確かめる必要があります。

地域ごとの二人称、いくつか

おまん(土佐ほか)——「おまえさん」系の語で、 高知などで使われてきました。乱暴さは薄く、ふつうの呼びかけです。

おめ/おめえ(東日本)——「おまえ」の変化形。 東北・関東に広く分布します。

あんた(全国)——「あなた」の縮まった形。 地域によって、親しみの語にも見下しの語にもなります。 方言そのものというより、地域ごとに温度差がある語と考えたほうが正確です。

人称は「地域」だけで決まらない

ここまで地域差を並べてきましたが、 最後に大事な注意を一つ。人称の選び方は、地域だけで決まりません。相手が誰か、その場が公的か私的か、自分が何歳か—— こうした条件のほうが強く効くこともあります。

同じ人が、職場では「わたし」、地元の友達には「おれ」、 親には「おら」と切り替える。 方言の人称は、地図の上に固定された点ではなく、その人が持っている引き出しの一つです。 分布図はあくまで「よく使われる形」の記録として読むのが安全です。

なお、こうした人称の使い分けを極端に単純化したものが、 フィクションの中の「わし=博士」「おら=田舎者」という記号です。 その話は 役割語と方言コスプレの記事 で扱っています。

→ 役割語と方言コスプレの記事

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参考・出典

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